タイで不正が起こっても会計事務所は見抜けない【2026改訂版】|任せきりが危険な理由と内部統制の要点

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「タイ現地法人の経理は会計事務所に任せているから不正の心配はない」——このように考えている日系企業の経営者は少なくありません。しかし、タイで発生する社内不正のほとんどは、会計事務所の監視を通り抜けてしまうのが実態です。

タイの企業で起こる犯罪の約8割が内部関係者によるものというデータもあり、会計事務所に記帳や決算を委託していても、不正の発生そのものを防ぐ効果は限定的です。本記事では、タイで20年以上にわたり日系企業の経営・法律サポートを行ってきた立場から、なぜ会計事務所では不正を見抜けないのか、その構造的な理由と、経営者が取るべき対策を具体的に解説します。

結論:会計事務所に任せても、ほとんどの不正は防げない

先に結論をお伝えすると、タイの会計事務所(記帳代行・税務申告のアウトソース先)は、以下の理由から不正を発見する立場にありません。

  • 会計事務所の業務は「渡された書類を正しく記帳・申告すること」であり、書類の真偽や実態の適正性を検証することではない
  • 書類上の辻褄が合っていれば、水増し請求やキックバックなどの不正は会計事務所ではわからない
  • 現金の出入りや在庫の動きなど、会社の中でしか見えない事実は会計事務所の目の届かない領域である

つまり「会計事務所に任せているから大丈夫」という発想は、不正防止の観点では逆効果になりかねません。会計事務所を利用していることで、かえって「誰かがチェックしてくれている」という誤った安心感が社内に広がり、内部統制がおろそかになるケースを数多く見てきました。

なぜ会計事務所では不正を見抜けないのか|4つの構造的理由

理由1:会計事務所の仕事は「記帳」であり「不正調査」ではない

タイの会計事務所の主な業務は、顧客企業から提供される領収書・請求書・銀行明細などをもとに、タイの会計基準・税法に沿って記帳し、月次レポートや税務申告書を作成することです。

この業務において会計事務所が確認するのは、書類と記帳内容が整合しているかという点であって、「その領収書が本物か」「その取引は実在するか」「その従業員は在籍してるか」「その金額は市場価格として妥当か」ではありません。領収書が本物らしい形式で発行されており、金額が帳簿と一致していれば、会計事務所としての仕事は完結します。

一方、不正を発見する役割を担うのは「監査」や「不正調査」です。ですが通常の法定監査(Statutory Audit)でさえ、主目的は財務諸表の適正表示の確認であり、不正発見そのものを目的とはしていません。会計事務所経由で行っている監査であれば尚更です。

不正を能動的に発見したい場合は、「不正調査(Forensic Audit)」という別の専門業務を依頼する必要があります。

理由2:書類上の整合性が取れている不正は、表面化していない

タイの現場で実際に発生している不正の多くは、書類の整合性を保ったまま行われています。代表的な手口をいくつか挙げると以下のようなものがあります。

  • 経費の水増し請求:高速道路代・タクシー代・接待費などの領収書を、実額より高い金額で精算する(タイでは領収書の売買が行われている実態もあります)
  • 架空の仕入先への支払:実在しない業者や、従業員の親族が運営するペーパー会社への支払を計上する
  • 幽霊社員への給与:すでに退職した社員や、実在しない社員へ給与を払っていると見せかけて横領する
  • キックバック:仕入価格を相場より高く設定し、差額を仕入先から担当者個人に還流させる
  • 現金の横領:小口現金の出納記録を操作し、帳簿上の残高と実残高の差を埋め合わせる

これらはいずれも、領収書・請求書・支払記録といった書類は揃っています。会計事務所が受け取るのは「整合性の取れた書類一式」であり、その背後で発生している実態は会計事務所の視界の外です。

関連記事:【不正の具体例①】経費の水増し請求

理由3:言語と物理的距離の壁

タイの会計事務所とやり取りする書類・帳簿は、原則としてタイ語で記載されます。日本人駐在員がタイ語の読み書きに不自由な場合、提出される月次レポートを日本語・英語で受け取っても、その元となる仕訳や帳簿を直接確認することは非常にまれだと思います。

さらに会計事務所は顧客企業のオフィスに常駐しているわけではなく、現場で何が起きているか(在庫の動き、現金の出し入れ、従業員の行動パターンなど)を直接観察する立場にありません。この言語の壁と物理的距離が、不正を見つける上での決定的なハンディキャップとなります。

理由4:会計事務所の日本人が直接業務を行っているわけではない

日系の会計事務所では、日本から来た駐在員の方のために、質問などを受け付ける窓口を日本人が務めていることが多いですが、この日本人の方が領収書などを直接確認して仕訳や記帳を行っているわけではなく、多くはタイ人スタッフに任せきりです。しかし、この窓口となる日本人の方が不正についても話をすることがあるため、ここに任せれば不正を防げるという勘違いが生まれます。

タイの経営者が陥りやすい3つの誤解

誤解1:「監査法人が入っているから安心」

タイでは全ての株式会社に、タイ人公認会計士による法定監査が義務付けられています。しかし法定監査は、財務諸表全体が重要な虚偽表示を含んでいないかを確認する手続きであり、個別の不正行為を網羅的に発見する手続きではありません。

実際、タイでは「6年間にわたり総額数千万バーツ規模の不正支出が、毎年の法定監査を通過していた」という事例も報告されています。監査法人が毎年入っていても、手の込んだ不正は見過ごされ得ます。

特に、会計事務所からその会計事務所に紐づいた監査人や監査法人を紹介されたり、中には監査も会計事務所が担っていると勘違いされている方も多いですが、このような場合は横領などの不正以外にも、正確に会計レポートを作成できていないという不正も正すことが難しくなります。

誤解2:「タイ人の会計担当者が優秀だから大丈夫」

信頼していたタイ人の会計担当者が不正の当事者だった、または不正を手助けしていた——これはタイで発生する不正でも多いパターンの一つです。会計担当者は伝票の入力、支払指示、残高管理、会計事務所との窓口を一手に担っているため、不正の発覚を防いだり遅らせることが可能です。

上司である日本人経営者が、会計担当者から受け取る報告書や説明だけを根拠に経営判断をしている場合、不正を発見する手がかりは非常に限定的になります。会計担当者や会計事務所が「タイではこうなんです」という言葉を使うときには要注意です。

誤解3:「真面目で長年働いてくれている人だから疑いたくない」

不正は、ある日突然始まることは少なく、長年の信頼関係と権限の集中によって発生するケースが大半です。「この人に限って」と思うことは人間として自然ですが、内部統制は「性善説」ではなく「仕組みで防ぐ」という発想で設計する必要があります。

タイで起こる不正の多くでは、駐在員でも口出し出来なくなってしまった重鎮のローカルスタッフが関わっていることがかなりあります。

会計事務所では見抜けない不正を防ぐ|経営者が取るべき対策

対策1:業務分掌を徹底する

一人の担当者が「支払の承認」「出金実行」「記帳」「残高確認」まで全てを行える状態は、不正の温床です。最低限、承認者と実行者、記帳者と確認者を分けることが基本となります。人数の少ない現地法人でも、日本人経営者が支払の最終承認に関与することで、相当のリスクを抑えられます。

対策2:月次で総勘定元帳(G/L)と銀行ステートメントを直接確認する

会計事務所から送られてくる要約レポートだけでなく、総勘定元帳と銀行口座の明細を月次で突き合わせる習慣を付けるだけで、不自然な支出は早期に浮かび上がります。タイ語の帳簿であっても、金額と日付、取引相手の列だけなら日本人でも確認可能です。

対策3:匿名の内部通報制度を設ける

役員クラスや会計マネージャーが関与する不正は、周囲の従業員がうすうす気づいていることが多いものの、直接の上司に言えない構造があります。匿名で通報できる窓口(社外の専門家宛など)を設けることで、発見のきっかけが生まれやすくなります。通報制度の存在そのものが、不正を思いとどまらせる牽制効果も持ちます。

対策4:定期的な不正調査(フォレンジック監査)を検討する

違和感を覚えたとき、あるいは一定期間ごとに、記帳代行先とは別の独立した専門家に不正調査を依頼するという選択肢があります。不正調査は、書類の整合性チェックにとどまらず、実地確認・従業員インタビュー・データ分析を組み合わせて実態に迫る手続きです。

対策5:権限と情報を一人に集中させない仕組みを作る

会計担当者が長期休暇を取ると会社の経理が止まってしまう——このような状態は、業務の属人化が進んでおり、不正の温床にもなっています。業務マニュアルの整備、引継ぎ資料の平時からの作成、定期的なジョブローテーションの検討など、情報と権限を分散させる仕組みを計画的に整えることが重要です。

よくある質問(FAQ)

Q
会計事務所に「不正のチェックもお願いします」と依頼すれば対応してもらえますか?
A

一般的な記帳代行・税務顧問契約の範囲では、不正調査や監視は業務に含まれていません。不正の発見を目的とした確認を行いたい場合は、別途「不正調査」「フォレンジック監査」として契約する必要があり、費用体系も通常の顧問料とは異なることが通常です。

Q
法定監査を受けているのに不正が起きるのはなぜですか?
A

法定監査は財務諸表全体の適正性を合理的に保証する手続きであり、重要性の低い個別取引や、書類上の整合性が取れている不正は検出の対象外になりがちです。毎年の監査を通過していたにもかかわらず長期間の不正が発覚した事例は、タイを含め世界中で報告されています。

Q
不正の兆候にはどのようなものがありますか?
A

よくある兆候としては、

  • 会計担当者が長期休暇を取りたがらない
  • 書類の説明を求めると話が曖昧になる(「タイではこうなんです」)
  • 特定の取引先への支払が突出して多い
  • 会計担当者の離職率が高い(他部署の不正を告発できない)
  • 残高確認などの資料提出が遅い・応じない

などがあります。一つでも当てはまる場合は要注意です。

Q
不正が発覚した場合、刑事告訴は可能ですか?
A

タイでは横領・背任・詐欺などは刑事罰の対象となり、タイの刑事訴訟手続を通じて告訴することが可能です。ただし、証拠の収集・保全、告訴状の作成、警察・検察との折衝には、タイの法律実務に精通した専門家の関与が必須となります。自社だけで進めると証拠が散逸し、立件が困難になるケースが多く見られます。

Q
小規模な現地法人でも内部統制は必要ですか?
A

むしろ小規模な現地法人ほど、少人数への権限集中が起きやすく、不正のリスクは高まります。人数が少ないことを理由に業務分掌を諦めるのではなく、日本人経営者自身が承認フローに組み込まれるなど、小規模だからこそ可能な統制方法があります。

まとめ|「会計事務所任せ」から「仕組みで守る」体制へ

タイで不正が起こっても、会計事務所はほとんどの不正を見抜くことが出来ません。これは会計事務所の能力や誠実さの問題ではなく、業務の性質上、不正発見は彼らの役割ではないという構造的な理由によるものです。

経営者が取るべき方向性は、会計事務所への依存を深めることではなく、次の視点で内部統制を整備することです。

  • 業務分掌と承認フローを設計し、権限の一極集中を避ける
  • 月次で総勘定元帳と銀行明細を経営者自身が確認する習慣を持つ
  • 匿名の内部通報制度を設け、発見のきっかけを増やす
  • 違和感を覚えたら、独立した専門家に不正調査を依頼する

タイで日系企業の経営・法律サポートを20年以上続けてきた立場から、「会計事務所任せで不正被害に遭わなかった会社」と「仕組みを整備して未然に防いでいる会社」の差は歴然としています。自社の現状を一度見直してみることを強くお勧めします。 

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